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横浜地方裁判所相模原支部 平成12年(わ)88号 判決 2000年7月04日

主文

被告人を懲役五年六月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

一  被告人は一八歳のころ普通自動車運転免許を取得したが、平成四年一二月に起こした物件事故不措置、事故不申告(いわゆる当て逃げ事故)により平成五年四月に取消処分を受け、併せて罰金刑に処せられた。以後運転免許を取得しなかったが、平成七年に友人の車を無免許で運転して罰金刑を受けたり、自動車を保有したこともあった。

二  平成一二年三月、友人から、車検切れ(有効期間の満了日平成一〇年四月二一日)かつ保険切れの普通乗用自動車を、それと知って買い受け、近在の駐車場を借りて保有し、本件までに数回使用した。

三  同年四月八日、座間市内で行われた友人の結婚式に、飲酒を予定しながらも警察に見つからなければよいとの考えで、右車両を運転して出席した。午後零時三〇分から午後二時三〇分ころまでの間披露宴でビールやウーロン茶割り焼酎を、午後五時からの二次会で同様の焼酎をそれぞれ飲み、その後厚木市内の店で午後九時ころから翌九日午前一時ころまで同焼酎を飲んだ。

四  厚木市内の駐車場でしばらく休んだ後、飲酒の影響を意識しながらも、またもや警察に見つからなければよいとの考えで本件車両を運転して帰途についた。

五  海老名市内に入り、杉久保・座間線を通って小田急線座間駅方面に向かって同駅前交差点を右折したところ、交通取締中の警察官を認め、自己の無車検、無保険車の無免許・飲酒運転が発覚することを怖れ、その場からUターンして逃走した。この間約一キロメートルにわたって警察車両に追跡され、これを振り切るため、交差点の赤信号を無視し、時々車のライト(前照灯及び尾灯)を消し、裏道を走行した。座間市役所北交差点を通過してからは、なおも追跡されていると思ってさらに加速し、時速一〇〇キロメートルを超える速度で、ライトを時折消して疾走した。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  公安委員会の運転免許を受けないで、かつ酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、平成一二年四月九日午前一時五五分ころ、神奈川県座間市栗原一六八六番地付近道路において、法定の除外事由がないのに、運輸大臣の委任を受けた最寄りの地方運輸局陸運支局長の行う継続検査を受けておらず、したがって有効な自動車検査証の交付を受けているものでなく、かつ自動車損害賠償責任保険の契約が締結されていない普通乗用自動車(車台番号PAY三一―四一五一四三、日産グロリア)を運転し、

第二  前記日時ころ、業務として前記車両を運転し、前記場所付近道路(陸橋小池大橋上)を緑ケ丘方面からひばりが丘方面に向かい進行するに当たり、同所は道路標識により最高速度を時速四〇キロメートルと指定されており、かつ右方に緩やかに湾曲する道路であったから、右指定速度を遵守するはもとより、ハンドル、ブレーキを的確に操作し、進路を適正に保持して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、時速約一〇〇キロメートルの高速度で進行した上、ハンドル、ブレーキの的確な操作を怠って、右湾曲部分でハンドルを不用意に右転把した過失により、自車を道路右側車線に逸脱進入させ、これを修正しようと左転把したが既に走行の自由を失って蛇行状態となり、対向車を避けようと左急転把して自車を左前方に逸走させ、道路左側の縁石に激突させて約二〇センチメートルの段差のある同所の歩道上に乗り上げさせ、折から同歩道上を被告人車両と同一方向に向けて連れ立ち歩行中のA(当時一九歳)及びB(同)の両名に、自車前部を後方から激突させて同人らを跳ね飛ばし、よって、右Aを、高さ約一・二メートルの欄干に激突させこれをのり越えて約一九・三メートル下のコンクリート製土手上に落下させ、同人に頭蓋骨粉砕骨折兼脳脱出の傷害を負わせ、また、右Bに頸椎骨折、脳挫傷の傷害を負わせ、右両名を右各傷害によりいずれも同所付近でそれぞれ即死させた

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち無免許運転の点は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、酒気帯び運転の点は同法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三に、無車検車両運転供用の点は道路運送車両法一〇八条一号、五八条一項、六二条一項、同法施行令八条一項二号、二項一号に、無保険車両運転供用の点は自動車損害賠償保障法八七条一号、五条に、判示第二の各所為は被害者ごとに刑法二一一条前段にそれぞれ該当するところ、判示第一、第二の各所為はそれぞれ、一個の行為が数個の罪名に触れる場合であるので、同法五四条一項前段、一〇条により、判示第一につき刑及び犯情の最も重い無免許運転の罪の刑で、判示第二につき犯情の重いAに対する業務上過失致死罪の刑で各処断することとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

一  本件は、被告人が無免許及び酒気帯びで、無車検かつ無保険の自動車を運転して運行の用に供し(判示第一)、その走行中に判示のような無謀な運転により、偶々通りかかったにすぎない歩行者二名に衝突して死亡させる交通事故を惹起した(判示第二)という重大かつ痛ましい事案である。

二  被告人は、かつて当て逃げ事故で運転免許を取り消され、以後、無免許運転を重ねていた。平成五年には右当て逃げ事故、平成七年には無免許運転で、いずれも罰金刑に処せられた。本年三月下旬、取り立てて必要があるわけでもないのに、車検及び強制保険がとうに切れていた車両を家族に内緒でわざわざ購入して保有・使用し、本件時無免許、飲酒運転に及んだものである。

被告人はそもそも、自動車という近代に発達した高速交通機関の危険性に鑑み、危険回避措置として設けられた、運転免許制度、危険な運転方法の禁止、車検制度ないし万一の事故に対する賠償といった諸々の重要な法的規制を、「ばれなければいい、見つからなければいい。」といった安易な考えでことごとく無視しており、かかる規範無関心な態度は安全な道路交通に背を向けるどころか、真っ向から敵対するものである。

三  そして、被告人は、本件事故前、結婚式披露宴という飲酒の場に、前記のように万一の場合の保障の付されていない車を無免許運転して赴き、三次会まで長時間にわたって飲酒した上で、帰路当然のように無免許かつ酒気帯び運転をしたものである。その結果、取締りに遭うや、自己の行為の無法さを十分に知っているからには潔くすればよいものを、処罰を怖れて逃走し、警察官が追跡を諦めた後も、なおも追跡されていると感じて、これを振り切ろうと車のライトを点滅させながら猛スピードで走行した挙げ句、ハンドル操作等を的確になさず事故に至り、二名の人命を奪うという重大な結果を招くこととなった。前記二に述べた悪質さに更に加えて、極めて危険な運転態様が加わり、かかる被告人による危険の加速度的再生産の結果重大な事故を惹起したもので、被告人の犯行は同情の余地の全くない言語道断な行為である。

四  A及びBの被害者両名はいずれも一九歳で、今春志望大学に見事合格し、その入学式を終えたばかりで、輝くばかりの希望に燃えた旅立ちの身であった。

両名ともに母一人子一人の家庭で、その存在はいずれも、遺族である母C子及びD子の命であり、生きる証であった。

その二人が親交を結び、そして当夜楽しく語らいながら、およそ危険性のない、車道から約二〇センチメートルもの段差で守られた歩道を歩いていたのである。そのときに、予期せぬ被告人の暴走運転により無惨な形で命を落とすという結果となったのであるから、その悲惨さは筆舌に尽くし難い。これによりA及びBの、今正に味わっていた青春の喜び、あふれんばかりの希望、これから味わうべき人生の楽しみを根こそぎ奪ったばかりか、それぞれの愛する母からも、その生き甲斐をもぎ取り、これからの母らの人生も、本件に対する憤り、悔しさそして憎しみの念で哀しく汚されることとなった。C子及びD子ともに、当公判廷において、悲嘆の余り被告人に対する強い憎悪の念を露にし、重罰を望むと明言したが、その悲痛にあえぐ心情は、当裁判所としても当然のこととしてよく理解でき、両証人ともにとても言葉で言い尽くせるものではないとも察するものである。

五  金銭的な賠償については、被告人及びその家族には現在資力はなく、損害賠償能力は皆無に等しい。被告人の本件自動車は任意保険が付されていないことはもちろん、自賠責保険に加入していないことからして、遺族は、今後政府の行う保障事業に損害のてん補を求めるしか方法がないが、これも限定的なものである。

なお、被告人の母がせめてもの気持ちとして持参した香典は、いずれの遺族からも送り返されたというように、被害者両名の母の強い被害感情に遭って、慰藉の方法もそのなすべき術すら見い出せない状況にある。

六  もとより交通事故そのものは過失による行為であって、殺人などといった故意犯の、規範に対する意図的な侵害としての犯罪ではない。しかし、本件にあっては、犯行に至る経緯で見たように、被告人の道路交通法規に関する無関心、放任的な態度は、無免許運転、無車検・無保険車運行供用、酒気帯び運転として累積しているが、これらはもちろんすべて故意犯である。その末に、被告人は、取締りを逃れようと猛スピードで疾走する無謀運転に出たもので、その時点では過失の前提となる、他車両や歩行者の人命に配慮して的確・適正な運転をすべき注意義務は、被告人のなかではもはや守るべき規範として機能しておらず、あたかもこれは無視すべきものとしての意味しかもっていなかったかのようである。これを指して包括的な人命無視の態度というほかなく、本件事故当時被告人が運転した自動車は、正に走る凶器になぞらえるしかない。

このように、自動車交通に伴う人命への高い危険性を防ぐ目的で課せられる注意義務の重大な違背は、人間の生命身体に対する侵害の結果に対する認識ある過失として、故意に直接隣接し、むしろ未必の故意に限りなく近づくと評価される。

そうすると、その行為の結果が二名の若者の死亡という重大なものである本件では、業務上過失致死及び無免許・酒気帯び運転の道路交通法違反等の併合罪で処罰される事案としては最も悪質な部類に属するといえる。ゆえに、量刑に当たっては傷害致死に準じた非難を加えても決して不当とはいえまい。

七  とはいえ、被告人は本件事実関係を率直にすべて認めていること、自己の行為の重大悪質さに直面して、自己の非を悟り、ひたすら恭順の態度を示し、おののいてさえいると認められること、両遺族に対し謝罪文を送付したこと(なお、C子においては、憤怒の余り被告人側の行為は一切拒否するとしてその受領を拒絶し、被告人の手紙は返送された。)、将来において被害弁償の意志を有し、一生かかっても償うと述べていること、前記のとおり母がせめてもの気持ちとして各三〇万円の香典を用意して被害者方に赴いたこと、被告人の家庭の状況にも気の毒な面はあること、被告人には罰金前科二回があるのみで体刑前科はないことなど、被告人にとり有利ないし同情すべきと考えられる事情はいくつか存在する。

八  しかし、これらを十分に考慮しても、被告人の本件での責任はあまりに重い。弁護人は賢明にも寛大な判決といわず穏当な判決を求めると弁論したが、被告人に関し最大限穏当に対処するとしても、本件行為の刑事責任は、検察官が求刑したように現行法上可能な最大の刑でもってのぞまざるを得ず、したがって法定の処断刑の最上限を科すことはやむを得ないと判断した。(求刑 懲役五年六月)

なお、被告人に対しては、これからの自己の人生を、自らが奪った被害者両名の貴重な人生と重ね合わせた三人分、社会に有用な存在となるため、そして、いつの日か遺族の怒り、悲しみがせめていくらかでも緩和する日が来るよう、最大限の努力を一生重ねてもらいたいと強く望むものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 池本壽美子)

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